人間の子供じみた考え


この世で会社が任命した場合、会社のオーナーはこの任命された者に製品を作るのに必要な道具、材料、その他の必要なものを支給する。
オーナーはまた、この者の食料、健康、作業時間中になければならないその他の重要なものの面倒を見る。オーナーはまた、この者に図面、設計図、カタログ、製品を作るのに必要な指導を提供する。

会社の勤務時間が終わると、この者は製品とともにすべての物を工場内に整頓する。その後、与えられた材料や指導で製品が作られたことをオーナーに連絡する。この者は、約1ヵ月間または契約期間にこれを行う。その後、この者はオーナーのおかげで支払いを受けることになり、
1ヵ月分の給与を請求する。オーナーは喜んでこの者に給与を与える。  しかし、この者が、自分が作ったものだから、製品を社外に持ち出したいと言えば、すべての物はオーナーが支給したわけで、オーナーは当然のことながら立腹する。この者は会社から製品を持ち出す権利がなく、オーナーはこの者を解雇する。  

今述べたように、人間が自分の立場を考えると、神は我々に考える頭脳、働く肉体、聖書や預言者による指導、太陽・水・空気などの形で生存に必要な素材を与えた。すべてを研究した後に、人間は、自然の作用、太陽・水・空気などが作り上げたものを理解したが、神の望みである、我々自身による行動という要点には達しなかった。神は人間を愛するがゆえに人間を作り上げたと言うが、我々人間はすべてを自分自身で
決め、神や神の導きという現実を忘れ去った。

人間は、神に関する物事を利用することだけに忙殺されている。我々が自分自身のことを考えると、われわれ人間は神に関するすべての物事を自由に利用しており、「これは自分のものである」と自分自身に言い聞かせている。  我々人間は考え方を変え、人生の最終地点を
知らなければならない。と言うのは、人間が何をしたか、神が与えたものをどのように利用したかを尋ねるのは唯一の神がいるからである。

 しかし、我々人間は現在列車に乗っており、終点がどこか分かっていない。終点を知らずに列車に乗っていれば、誰もがこの者をおかしいと考える。  神の愛と神が我々を作った理由を理解する考える力を我々に与え賜え。


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