おお、アッラー、一つの神様、私に勇気を給いて
あなたのお名をあがめ感謝いたします


愛と人生

 人間は、自分がこの世に存在している理由を知らないままに孤独を感じることが多い。誰もこの事実に答えてくれないが、我々は、たとえ離れようとしてもいつもそばにいる自然なる物を感じることができる。この自然なる物は我々を独りぼっちにはしない。

 これは、次のような例と似ているかもしれない。コンピュータ・プログラマーがソフトウェアを作り上げると、このソフトウェアが何かを完璧に利用することを求めているが分かる。
このプログラマーは、このソフトウェアに役立つものを作り上げたことにもなる。
このソフトウェアを使い、何か問題を感じた場合には、解決のためにプログラマーが作成した、役立つものを必ず使う。  
このソフトウェアに関して、オリジナル以外の何かを作り上げようとする場合、物事は順調に進むわけではない。

 しかし、人間の作ったものは完璧ではなく、作品を完成するのに余分な努力が必要であり、場合によっては更なる余分な努力が必要で、それでも最終的には必ず失敗し、完璧にすることはできない、ということは事実である。

 この段階に達すると、自分自身を感じるに違いない。二つの目、二本の手、二本の足、二つの耳、そのほか数々の完璧なものを持つ我々人間は何と偉大な創造物なのか。

 目や手などの一つだけを望んでも、体は完璧に動かない。三つを望んでもまだ問題があり、人間とは呼べない。  これは、人間の創造が完璧であることを意味する。
誰かが我々の身体を変えようとしても、我々は、自分たちが完璧であり、変更の必要がないことを知っているので変更を受け入れない。

 こう考えると、何のミスもなく我々を完璧に作り上げたのは一人の神であり、人間やその他のものによって作り上げられたのではない、
ということが分かる。神は人間を愛している。神は自然なる物が我々にとって非常に重要であることを知っているので、我々が離れようとしても自然なる物は我々から離れることはない。これは、神が人間を愛している証拠である。それならば、今日から神が導く人生を見つけようではないか。


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