神様のガイド


メーカーは、この世の中に製品を送り出すと、我々の手引きとしてカタログやガイドブックを必ず支給する。一例を挙げると、自動車を
購入すると、自動車会社は、手引きとして上記のカタログやガイドブックを提供し、手引書を使った場合の運転の仕方、手引書に書かれている通りに行動すれば決して問題に陥ることがないことを示す。

しかし、我々が手引書を読まず、自分の思い通りに行動すると、車には多くの問題が発生する。問題が起こってから、メーカーと無関係な修理工場に車を持ち込み、そこで修理ができないと、我々はついにメーカーに連絡を取って修理を依頼する。この場合、車の所有者が初めは他の修理工場に行ったことが分かると、メーカーは面白くないだろう。と言うのも、メーカーは初めに手引書を渡し、その中には、問題が起こったときには必ずメーカーに修理を依頼するように書かれているからだ。

我々には同じことが起こっている。神は我々を導くために多くの使者を遣わしてくださっており、手引書にはこの世で生きるために必要なことやこの世から去るときに準備しなければならないことなど完全な指示が書かれている。

しかし、一日ごとに我々は、劇、映画、歌など見せかけのものを信じることに慣れ、そうした作品に登場する人々を尊敬する。これらの作品は登場人物にとっても現実ではなく、彼らは単に演技をしており、人間を本来の姿から遠ざけているのである。従って、我々は日々、自然なるもを
忘れ去り、遠ざかっている。

神は我々に時間を与えており、我々人間は協力し、互いの間にある嫉妬や憎しみを忘れなければならない。我々は、間違いなく自然であり、本来のものである神の導きを求めて戦わなければならない。

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